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読書感想文:「起業家の勇気」USEN宇野康秀とベンチャーの興亡
私が就活していたのはリーマンショック直前の2005〜2006年くらいの頃。本気でUSENに入社しようかと考えていた。テレビ局の面接で「テレビ局以外に興味ある会社や業界は?」と聞かれたら「USENです!」と答え、「え、日本郵船?」と勘違いされた事もたびたびあったが、無理もない。2005年に社名をUSENと変えたが、元々の社名は「大阪有線放送社」。宇野康秀氏の父上が一代で築き上げた、有線放送やカラオケが基幹事業の会社だった。日本中の電柱を無許可で使用してケーブルを這わせる、闇夜に紛れてライバル社のケーブルを切断する等、違法行為も厭わぬ強引なやり方も駆使し拡大してきた会社だから、USENに関心があるという学生は、私の周囲にまずいなかった。
しかし私にとってUSENは、とても魅力的な会社だった。同社は康秀氏が社長になって以後、電柱の合法的使用許可を取得する傍ら、GAGAを連結子会社化したり、エイベックスに150億円出資したりと、コンテンツ事業にアクセルを踏み、動画配信サービスGyaO!を立ち上げ、他社に先駆けてオンラインでの動画コンテンツ配信を始めていた。当時はYouTubeもNetflixも普及しておらず、スマートフォンもなかったので、まだテレビがコンテンツの王様であった時代。映像コンテンツ業界がテレビを中心に動いていた中、テレビと同じクオリティとは言えないが、本来はテレビの専売特許であったバラエティやドラマを、オンラインで配信するというのは画期的なことだった。今でいえばAbema TVがやっているような事を、宇野さんは10年以上前に仕掛けていたのだ。元来、テレビの制作・報道・スポーツといった花形部署より、「コンテンツでどう儲けるか?」というビジネスに関心のあった私は、USENの仕掛ける新しいメディアビジネスに強く惹かれた。
しかし、本著の中でサイバーエージェントの藤田さんが述べているように、あの当時のインターネットの映像品質では、動画コンテンツ配信はまだ厳しいものがあったと思う。時代が追いついていなかった。よく「天地人=天の時、地の利、人の和」というが、天の時を得るのは本当に難しい。その後USENはリーマンショック時に子会社株式の評価減が続き、M&Aによる急拡大を行っていた為に急速な財務圧縮を余儀なくされ、GyaO!はYahoo!に譲渡されることとなった。そして周知の通り、動画はYouTubeやNetflix、Amazon Prime等、「外来種」のサービスが席巻する時代を迎えることとなる。USEN本体の経営が盤石であれば、GyaO!の将来も違っていたのかなと、今となっては思う。
宇野さんの父、元忠さんは一代で事業を成した大人物であったが、ご逝去された時に個人保証で約800億円の債務を遺された。また、上述のように全国各地の電柱を不正利用してケーブルを引っ張っていた為、通信を管轄する郵政省から蛇蝎の如く嫌われていたと言う。宇野さんは当時、自分が創業したインテリジェンスの上場を控えており、父の家業は兄が継ぐものと考えていた。しかし今際の際にある父が後継に指名したのは兄ではなく宇野さんだったのだから、まさに青天の霹靂であったと思う。インテリジェンスの役員に、父の事業を承継することになったと伝える場面が本書の中に描かれているが、役員全員が自らの決断を支持し、快く送り出してくれるシーンは、心に響くものがあった。
そして宇野さんは事業を承継し、同時に巨額債務の返済と電柱不正利用の解消という難題に当たることになった。このように、先代の事業を継ぐにあたり、先代の負の遺産の解消にまず当たらねばならないケースは、非常に多くある。先代本人が健在の際は表に出て来なかった問題の数々が、一気に顕在化する。
私自身も会社を経営して9年目になるが、私の創業の苦労など、事業承継に挑む社長の皆様には比ぶべくもないと、つねづね思う。私はゼロから創業させてもらったので、自分の好きな事業をやれば良いし、好きな人材を採ればいい。言わば何もない更地に、自分の理想の家を建てるようなものだ。もちろん苦労や困難もあるが、好きな事をやっている以上楽しいし、自分とウマが合う人材だけを選抜して採用しているから、コミュニケーションも取りやすい。これが事業承継の場合、往々にして先代の負のレガシーが付いてくるので、まずその複雑に絡み合った糸を解きほぐす事から始めねばならない。更地に家を建てるのとは打って変わって、軍艦島や九龍城のような、ぐちゃぐちゃな建て物をどう整理するか、まずそれを検証から始める必要がある。しかもそこにいる社員は皆ベテランで、下手をすると自分が生まれる前から会社にいる人もいる。そんなベテラン社員らを上手く指揮統率し、何十年ものあいだ社内に巣食ってきた病巣に、メスを入れなければならない。当然、ドラスティックな改革に反対する人たちも出てくるし、本書によると宇野さんの元には、血染めの藁人形を送りつけてくるような社員もいたという。
私の周りには、親から事業を承継した、或いはこれから承継する友人が多くいるが、本当に彼らには尊敬の念しかない。社長になってまず、親の負のレガシーを解消せねばならない、いわばマイナスからのスタートなのに、周りからはやれ「ボンボン」だの、「労せずして社長になった」だの、言われのないやっかみを受ける。俺だったら「やってられるか!」と会社ごと全部売却して、その資金で自分で好き勝手にゼロから始めると思う。しかし彼らはそこから逃げる事なく、正面からぶち当たり、脈々として受け継がれてきた事業をつないでいく事に挑んでいる。
本書の最後に、サイバーエージェントの藤田さんが、著者の「宇野さんはベンチャー社長なのか、それとも2代目社長なのか」という問いかけに、こう答えている。「そりゃベンチャー社長ですよ。起業家の総合力をチャートにすると、全てがマックスなんじゃないかな」。そして続けて、弱点としては「優しすぎる所かな」。私が就活の時にUSEN、そして宇野さんに興味を持ったきっかけは、当時生まれたばかりのGyaO!で宇野さん自身が、村上ファンドの村上さんや、楽天の三木谷さん、GMOの熊谷さんなど、当時のIT業界をリードしていたキーマンと直接対談する、その名も「リアルビジネス」という番組だった。宇野さんはとても物腰柔らかく丁寧に、しかし身体全体をつかって、ゲストの話に耳を傾けていた。とても魅力的な方だと感じた。
私が悩んだ末に、USENではなく放送局を選び、入社したのは2007年の事。その年に、リーマンショックのあおりを受けてUSENの業績は急激に悪化、GyaO!はyahoo!に売却され、宇野さんはUSENの社長を退任した。USENは解体され、外資ファンドに売却された。そして宇野さんがつくったインテリジェンスは、テンプスタッフのパーソルキャリアホールディングスに買収された。普通の人間なら、ここでもう試合終了だろう。また商売はするだろうが、自分の手元でスモールビジネスをやるくらいだ。しかし宇野さんは完全復活し、動画配信サービスのU-NEXTを創業し、2018年に上場させている。そして傘下に18社を連ねるUSEN NEXTホールディングスの代表取締役に返り咲いた。一人で3社もの株式上場を果たした経営者は、宇野さんしかいないそうだ。何度挫折しても立ち上がり復活するスピリットは、まさに本著のタイトル「起業家の勇気」を体現している。