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前職先輩ご逝去の訃報に接して
前職の先輩が、若くして急逝された。私はその訃報を秋田から東京へ向かう新幹線の中で知り、静かな車内で思わず「エッ!!!!!」声をあげ、それからしばらく絶句してしまった。前日までまったく元気に過ごされていて、突然に、還らぬ人になってしまわれたそうだ。
私はその先輩とは、仕事でタッグを組むことが多かった。先輩が外勤担当、私が内勤担当という関係で、数多くのナショナルクライアントのキャンペーンに携わった。まだまだ2〜3年目の若造である私に、いつも「お前はどうしたいんだ」と水をむけてくれた。営業部に来る前はスポーツ部にいたこともあって、良くも悪くもあまり局の営業っぽくはなく、何より肩にはまらない豪快な人だった。
先輩との思い出で、もっとも印象に残っているのは、私が辞めた時の事。私の退職が営業部内の部会で発表された時のことだ。幾度にも渡る上長との水面下での面談を経て、毎週木曜朝から行われる営業会議の終わりに、部門長から私の退職がおもむろに発表された。
退職者がほとんど出ない会社ということもあり、部員全員から「エッ!?」「は!?」みたいな、何とも言えない微妙な視線を受けつつ、課長から「みなに一言」と振られた私は、実に当たり障りのない挨拶をしたと記憶している。そして、何だか全体が変な空気になったまま会議は終了となり、「何だか気まずいな〜」と思いながら会議室を出ようとした時、真っ先に声をかけてきたのが、先輩だった。しかも満面の笑みだった。
私の肩にガシッと腕を回すと「お前、良いな!やったな!」と、謎に褒められ、「今からメシいこうや!」と、そのまま築地市場の寿司屋に連行された。私としてはやっと退職がオープンになったので、まず色んな人に挨拶したかったのだけど、そんな事はお構いなしだった。
昼の寿司屋で、色んな話をさせてもらった。会社の事、仕事の事、メディアの事。ぜんぶが未来の話で、過去の話はいっさいなかった。そして私の決断を心から称賛し、私のくだらない将来の夢の事を、一生懸命に聞いてくれた。「皆んな何て言うか知らないけど、俺はお前の決断は、すごくイイと思うよ」「頑張れよ、応援してるよ」と、最初から最後までニッコニコで語ってくれた。
そして会社を辞めて以来、先輩には会っていない。先輩は営業部内でも余人をもって替えがたい、大規模プロジェクトの中心にいつもいらっしゃったし、私は私で中国や台湾を行ったり来たり、起業の準備に奔走していた。ここ数年やっと落ち着いてきて、今なら先輩に会っても恥ずかしくない話ができるかな、とか思っていた。しかしもう、それも叶わなくなってしまった。
久しぶりに、昔のアルバムを引っ張ってきた。私が退職する際に、営業部ひとりひとりが写真とメッセージを添えてくれたアルバム。そこにはもちろん先輩もいる。両目をカッと開き、大きく口を開けてこちらを見ている。そして大学野球で鍛え上げた頑健な肉体。私の知っている先輩そのままだ。この精気と気迫にあふれた人物が、今はもうこの世にいないと言う現実が、正直まだ受け入れられない。
訃報を聞いた後の新幹線の社中、「人の命は有限」と言う当たり前の事を、改めて繰り返し考えさせられた。見目麗しい容貌も、鍛え上げられた肉体も、いつかは朽ちる。そして全ての人に必ず死は訪れる。死は必然である。だからこそ一日一日を大切に生き、周りの人を幸せにし、与えられた命を思い切り燃やしたい。
肉体が滅んでも、その人の生きた証が消える事はない。
先輩、本当にありがとうございました。